高裁は、スティールの控訴を棄却した。
スティールによる短期的な株式売買によってブルドックの企業価値が損なわれる恐れがあると指摘し、スティールを「濫用的買収者」とした。
控訴期間の関係からブルドックの防衛策は事実上容認された形となる。
これ(買収防衛策の是認)は世界的に見ても珍しい判決らしい。
これに対してスティール側は、全くの想定外であり、今後の対応は白紙としている。
ブルドック側も防衛に伴う費用負担(アドバイザーへの費用、新規発行費用)が業績を圧迫、赤字になる可能性もあるとしている。
さて、今回の買収騒動について、どのような見解が与えられうるだろうか?
スティール・ブルドック間の勝敗で言うと、実際微妙なものがある。
ブルドックは勝つには勝ったが、得るものは無く、痛手を受けた。
むしろ焦点はそこではなく、司法によりファンドの自由が制限されたという事実である。
今回の判断は最高裁判決ではないので確定的ではないと思われるが、しかし日本ではファンドの利益活動が制限され、企業に対して覇権を握る可能性が薄れた。
これにより、海外への投資家の逃避が危惧されるとする声もある。
グローバルな金融市場へと成長しようとする日本にとっては痛手ではないのか、と。
しかし、これに対する反論もある。
まず、ファンドの自由が制限された、ということについてであるが、これは逆から見ればファンドの恣意的な活動により企業価値が減価したり、経営危機を負うリスクが下がったということでもある。
実際、高裁の判断理由からもこのことは伺える。
また、もしこのような判断が下されなかったとしたら、ファンドが企業を牛耳って、80年代アメリカでコングロマリット化した企業がそうしたように、企業の切り売り、即ち現実の会社のバーチャルな売り買いゲームが行われて、企業が疲弊し、結果として国家が疲弊しかねない危険性もある。
また、投資家の逃避についてであるが、現在日本にあるファンドはその大半が「友好的」なファンドであり、買収後企業の経営に関わることで企業価値を向上させ、そこで売り抜けるものであり、スティールのような企業価値を下げかねない「敵対的」ファンドは少ないらしい。
当然そのようなファンドに対しては、今回の「敵対的」ファンドに対する防衛策の是認という判決はあまり関係ないので、投資家の逃避もそこまで憂うことではないと見ることもできる。
さて、いろんな見方があるが、基本的には自分としては高裁の判断を支持するものである。
自由化は大いに結構、だが野放しにはできない。
過度な自由化は、加熱を生んで大きな破綻につながりかねないと思う。
基本的に自由化できるところはしていくべきだと思うが、どこかで歯止めが必要なのではないか、その一つが今回の判断であると思う。
ただ、本当にバランスする点がどこかは当然わからない。
株主か経営者か、自由か規制か。
非常に難しい問題であり、これからもそのバランスをとる作業は絶えないだろうし、それゆえに中庸ということを考える姿勢が必要である。
2 件のコメント:
オレはファンドはあまり好きではない。
そこまで経済に詳しくはないけど、その会社の株価がファンドの売り買いで上下するのはなんだか解せない。
会社の努力で株価が上下するのがあるべき姿やと思うし、株が売れたか売れないかで株価が上下するのはちょっとね。もちろん会社が大きくなる→株が売れる→株価が上がるのはいいことだと思うけど(←あってる?w)
同じ株でもうけるなら先見の明をもって安いときに株を買い、その会社が成功して株価が上がった時に株を売るほうが好印象です。
もっともその分成功する確率はグッと下がるだろうけど。
オレがその会社の株を持っていたら資金にモノを言わせて株を買いまくって筆頭株主になるなんて許せまじ。
そういうボクにも株をやろうかと考えた時期がありました。
おっしゃるとおり、もともとは会社の実力を反映するものが株価であるはずですが、株式市場や手法がずいぶん発達したこともあり、近年マネーゲームの側面が色を濃くしている気がします。
尤も近年しか知らないので実は前からかもしれませんがw
まああまり現実世界から乖離してしまうとどこかでショックがおきそうです。
皆さん気をつけましょう。
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