2007年8月30日木曜日

8/30

今日は七面倒くさい経済議論はおいておいて、ちょっと小話をば。

新聞の最後の面、文化面に鮎の記事が出ていました。
川の環境の悪化から、質・量ともに減少が著しいそうです。
そんな鮎をどうにかしようと「利き鮎会」なる大会が開催されて、今年で10周年だそうです。

翻って、現代の日本人を考えてみました。
三大都市圏の人口が総人口の半数に達し(首都圏は総人口の約1/3)ている現状は、資本主義が現代社会において支配的な地位占めていることを映しているように思われてなりません。
多くは経済的な栄達、利便を求めてのことでしょう。

しかしこのような潮流の中で見落とされているものもあるはずで、その一つがこの鮎の問題でもあるわけです。

ただ単に環境問題がどうこうといっているわけではないです。
言いたいことは、なんだか資本主義単眼的になっていないか、それは人間存在にとって必ずしも本質的ではないのではないかということです。

資本主義とは、経済的に豊かに生きるための「方便」であり、生きることそのものを資本主義で語りつくすことは出来ないはずです。

もともと戦前に富国強兵のために敷かれた学制。
戦後に資本主義生産体制の構築・維持のための学制にシフトし、現在もその潮流の中で資本主義社会に適合的な労働力を産みだしていますが、それはとりもなおさず資本主義が幼年期から刷り込まれている事でもあります。

安易な否定には走りません。
資本主義もある側面においては確実に進歩しています。
ただ、それだけではだめなんじゃないか。

ちょっとそんなことを考えてみただけです。

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